2008年02月04日
高レベル市民・企業協働活動
珍しく市民活動っぽい話題を(あくまで「ぽい」ですが…)。企業とNPOの協働レベルの話。
いわゆる「会社」と言われる所に移籍して2年余りになる。前職のよしみで市民活動関係のヒトと呑みに行ったり、彼らが主催しているイベントに参加したりもする。すると彼らの中の何人かがオカサカがまるで会社員だということを忘れているかのように「〜ってできませんかねー」とコラボレートを打診するかのような会話を始める。その度にこちらは「ごめん。俺今そういうポジションじゃないんだよね。」と決まり文句のように返す。
とてももったいないことをしているのは勿論承知しているし、そんなことを繰り返しているからそろそろ相手にされなくなるだろうと自覚もしている。企業活動でパートナーシップを組んで事業をやることはざらにある。「WIN-WINの関係」とかは業務中に頻出しまくりだ。今日も何かの会議の時に資料に書いてあった。
しかしどういうわけか同じことが企業・NPO間で成立することは意外に知られていない。そもそも文化が違いすぎるから難しそうだしボランティア活動が組織化したものなんて信用できない、とかあるかもしれない。でもそれって実はレベルの高い付き合い方で、何かをブレイクスルーできる可能性が非常に高い方法だと個人的には思う。いまや企業活動を支えているLinuxの開発やCGMの運用もそういう要素を欠いてはなり得ないことだと勝手に思っている。
さて、次の呑み会で誰かさんに何か言われたら今度は何て返事しようか?
投稿者 keitoc : 18:17 | コメント (2) | トラックバック
2007年10月19日
「売り物」としてのワークショップ。
今日などは某展示会に行ったりしていた。すると展示ブースで話をしたりなんかするときに、ここのところの縮退運転のせいか、いつにもまして人とうまく話せないことがあるのに気づいた。
-まあ、それはそれで…。-
標記はその展示会とやらでところどころにあるいわゆる「プレゼンテーションブース」にいるなんというかしゃべる人たちの挙動を見た雑感だ。よくできてると思う、ああいうの演出とか誰が考えているのだろうかと感心するばかり。その中に自分の会社のプレゼンも含まれている。個人的にはああいう台本のあるしゃべり、オレ絶対無理だと思っている。そんな発表をウチの会社の**君も淡々とこなしていた。
それで少し刺激を受けた。
#実は最近仕事中に刺激を受けることが極端に少なくなった。
「刺激」とはふと「売り物」「商品」としてのワークショップのことを思いついたことだ。NPO時分に防災講座とか防災講演とか何本かやったがあまり「売り物」として意識したことはなかった。NPOとしてのプログラム、プロダクトだと認識していたことはあったが…。企業で云えば講座パッケージで出かけていくようなコンサル会社とかでやる雰囲気だろうか。きれいなプレゼン資料があってノウハウをオーディエンスに「ここだけのハナシ、特別に教えます!」みたいなイメージ。
売り物にするにはノウハウが詰まっていないといけないのか?
座学ならともかくワークショップって参加者の脳ミソの中の情報を取り出させて意図的にアイデアコラボする環境を無理やり作って新しいアイデアを作るクリエイト活動だと思っているから、そういうのって商品向きでないかもしれない_と一瞬思ったりする。個人的には「ノウハウはすでにあなた(たち)の中にあって、単純にネットワークされていないだけなんです。」となんでも言ってしめくくりたい。考えが甘いかな。
結局バランスなのだとは思うけど。
たとえて言うなら何がメインディッシュでポテトサラダがメインディッシュに対してどのくらいの割合で盛り付けすればいいかっていう問題でもあるんでしょうが、そういう場合(TPOによるんでしょうが)メインディッシュはやはり座学になってしまうのでしょうか。何か商品を売るためのセールストークの延長として考えるのであれば座学時間を長くして自社商品に落とし込むようなトークを一方的にしていたほうが脱線しなくて確実かもしれない。
「歯磨きペースト・歯ブラシを売る ← 口腔衛生の話をする」
「口腔衛生 → 日常の出来事から専門知識までブレイクダウン」
…のような構図。
でもあのワークショップの化学実験的なスリルというかワクワク感、なんかクセになるんだよなぁ。
投稿者 keitoc : 22:41 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月23日
最近のマイブーム「ワークショップ」。
最近のマイブームは「ワークショップ」。仕事でやることがまったくなくなってしまったが復習のつもりで本読みから。ひとつは日経新聞出版社の「チーム・ビルディング」。もうひとつは、えにし屋の「集団創造化プログラム」(名前が怪しいですがワークショップのテキストとしてすばらしい本です。新潟のNPOまちづくり学校さんで売っています。)ただいま関東方面で活動場所募集中。投稿者 keitoc : 13:06 | コメント (0) | トラックバック
2007年06月19日
遅蒔きながら「コムスン問題」で思ったこと。
一部オカサカはシステム屋だと思われているが(事実そうなのかもしれないけど)実は福祉の出身。社会福祉士のコースに乗りかけたものの当時のバイトの影響で「今はデータベースの勉強がしたいんです」とわけのわからない理由で医療福祉と精神保健福祉の担当教員を説得してコースを脱線した。当時僕らの目の前にはまだ重油災害で盛り上がっていた「ボランティア元年」と、ゲイツさんが勝負をかけてきた「ナントカ95」という某OSと、介護保険のカウントダウンダウンだった。
当時大学の教員に「君らにはこれまでの福祉人とはちがうマネジメント能力を身につけてもらわなくてはいけない」と随分脅された。そんな中、新規参入してくるベネッセやニチイ学館、コムスンのインパクトたるやすごい勢いだった。「もう市民運動みたいなソーシャルアクションをやってお上に陳情するようなスタイルで物事をすすめなくても、福祉はいっぱしのビジネスになるんだ。」と期待もした。
その後NPOなんぞに勤めてソーシャルベンチャーのようなものをかじり、ビジネスモデルなんかも稚拙ながら考えてたこともあった(でも俺センスないなぁと今でも思う)。当時のNPOの代表が「俺は介護保険以外のNPOのビジネスモデルを作りたい」とたまに話をしていたのを思い出す。逆に言うと介護保険モデルはNPOにとってそのくらい定石の揺るぎない事業モデルだった。
でもどうやら今の介護保険はNPOは儲けられても企業は儲けられない仕組みのようだ。コムスン問題が一部だがそれを示したような気がする。年々介護保険の保険点数のテーブルは人件費の安い3級ヘルパーでの点数をどんどん削ってしまっている。あの会社だって「不正請求」と言われた総額を見ると3級でやったのを2級や1級でやったとごまかした程度なんじゃないかと思えてしまう。かなり乱暴な言い方だがそもそも制度そのものがどんなに企業努力しても儲からない仕組みにいつの間にかなってしまったのではないか。2000年のあの時の介護保険はビジネスとしても、ソーシャルベンチャーとしても、もう少し夢があったような気がする。
投稿者 keitoc : 00:15 | コメント (4) | トラックバック
2006年05月31日
ノミカイ。
投稿者 keitoc : 00:22 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月11日
新たな危険から子どもを守る「市民ネット」フォーラム
ハイライフプラザいたばしで危険な情報から子どもを守ることをテーマに開かれたフォーラム。結構たくさんの人が登壇していろいろな方の話が聴けた。時間は短かったがその分凝縮されていたように思う。そういう意味ではかなりお得なイベントだった。災害とは少し違った切り口で聴き方に戸惑ったが、子どもが情報の危険にさらされていて、それに取り組んでいる事例もあることが分かった。この問題もなかなか奥が深くて面白そうだ。投稿者 keitoc : 21:02 | コメント (0) | トラックバック
2005年08月07日
ニートはこうしてつくられる?
今日は一日、市民活動センターの当番をする。大きな公園の隅にある立地と、夏休みという時節柄、この施設にはなぜか小中学生がたくさんやってくる。市民活動とはもともと子供とはちょっと縁のない世界なので、スタッフ一同この子どもの扱いをどうしようかずいぶん悩んだが、結局子どもにボランティア・スピリットを教える何か仕組みをつくろうということで落ち着いた。早速今日からそれを「ミニボラ・ポイントカード」という形で実行に移した。このカードは子どもが何かいいことをするとスタンプを押し、それが10個たまるとちょっとしたプレゼントをあげるというモノだ。「モノを結局あげるのはボランティアではない」という意見もあると思うが、まあまあその辺は…ということで(笑)。
この仕組みはいってみれば、ルールを決めて労働をするひとつの構造である。今日も子どもらは随分いろんな仕事を求めては、それをこなしていった。プレゼントが目当てなのか単純に作業がおもしろいのかよくわからないが、かなり貪欲に作業をしていく。一方で量が多かったり作業が複雑な「めんどくさい」ものに対してはすぐにギブアップする。「めんどくさーい、やーめた」という風に…。でも総じてよくやってくれた。
話は変わるが、学校の成績をあげるには「お手伝いをさせること」という説がある。これは「学習は楽しいものではない。問題は学習という苦痛に対して長期間耐えられるかどうかだ」という考えに基づいていて、忍耐力があるかないかで習熟度に違いが出てくるためだ。苦痛に耐えるという意味ではお手伝いも同じである。この「ちょっとした苦痛に耐える」ということができないと進学もできないし、就職もできない、できたとしてもその後の職場に順応できないことになる。
子どもを学校に出し、塾に通わせ、一見いいように見えるかもしれないが、実は面倒くさいことをうまくすり抜けてきてしまったのではないだろうか?もしそうだとすると大人になって本当に面倒くさいものに出くわして足踏みするのも不思議ではないかなぁ?という気がする。どうかこの子どもたちがグレたり、ニートになったりしませんように…。
投稿者 keitoc : 18:34 | コメント (0) | トラックバック
2005年08月02日
「陳情の図式」
「お代官様おねげぇしますだぁ。」-これがもっともスタンダードな陳情のスタイルだ。
時代劇のシーンでいえば、代官が籠かなんかにのって、庄屋が決死の覚悟で直訴する。ややもすれば無礼うちにされたりする。昔は役人に申し入れをするのになんと命までかける価値があったらしい。
さて現代の「陳情」スタイルはどうか?。派生としては、申請、申し入れ、お願い、直訴などがあり、もうすこしスタイルが変わるとこれが署名活動などに代表される「社会運動」になる。いずれにしても権力や権力者に対して権力行使を申し入れる行為だ。
最近、ボランティアが集まる学習会と称した会合に出た。一応「学習会」と謳っているのでそこには講師がいて、座学のスタイルでプログラムが進行する。今回呼ばれた講師はなんと「市役所の職員」だった。
特に講座の内容については触れないが、案の定、質問のような形式の陳情が始まった。まるでミニ市議会である。一様に皆が言いたいことを言った後、その会は意外と和やかに終了した。参加者も、講師であった市職員もレベルが高く、この会自体は大変勉強になったし、これ以上批判する気もない。
オカサカがプロのコミュニティワーカーとして活動しだして、5年がたつ。仮にも社会活動の現場に身をおいている人間として日々なんとなく感じていたことがあった。それがこの記事のタイトル「陳情の図式」だ。
かつての人間は陳情をするのに命をかける必要があった。それが時を経て選挙に勝つ必要があったり、炎天下署名を集めたり座り込みをしてみたりする必要までレベルが下がってきた。そして近年では「車座」とか言ってわざわざ家の近くまで聞きにきてくれたり、パブリックコメントとか言ってメール1通ですんでしまったりする。多分このままいくと我が家まで陳情を聞くことをデリバリーしてくれるのだろう。
これは、権力者がだんだん一般人と差がなくなってきたことを示している。それは市役所にいけばわかる。市の職員だって所詮ただのサラリーマンなのだ。上司の決済がないと動いちゃいけないし、査定が悪ければ出世に響く、下手するとリストラ要員なんかになっちゃって、ややもすれば経営状態を立て直すために会社が合併したりする。
そんな人に「陳情」して何ができるんでしょうか?どうせ陳情するならホリエモンとか三木谷氏とかの方がいいと思います。それだってメールですんだりする。もう古い図式で「お代官様…。」をするのをやめてはどうでしょうか?
投稿者 keitoc : 15:28 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月28日
かたーら
遅まきながら、この6/10にオープンした「かた〜ら」というNPO喫茶店に足を向けた。目的は?もちろん「ラジオの取材」。このブログではあまり書いていなかったが、実はコミュニティFMのラジオ番組を(10分間番組だけど)レギュラーで持っている。かたーらはもともと障害者さんにやさしい町場がすくないことから「やさしい環境」を作ろうとメンバが自分たちで創出したスペース。商店街の店舗を借りて、改装しギャラリーや駄菓子屋つきの喫茶スペースをつくりあげた。
本当は写真とかあるといいのだがあいにくケータイのバッテリがあがってしまい。写真は断念。閉店後のアポだったのであまり長居してもなにかなぁと思って目的だけこなして帰ってきた。あ、そういえば、ここのキャラクタ、オカサカの作品だった。
投稿者 keitoc : 09:17 | コメント (1) | トラックバック
2004年05月13日
プロジェクトナニカ。
いやプロジェクトだ。連日の会議と何かのプレッシャーでなんかオツカレ気味なオカサカです。プロジェクトに参加している論客は皆何かのプロなわけで、その場で話を聞くだけでもカナリアタマガ「震える」訳です。今オカサカが担っているプロジェクトはたぶん日本の何かを変えてしまうくらい新奇で大切なプロジェクトです。内容はキギョーヒミツ。僕もいづれアノ番組にでてみたいもんです。まあオカサカがジジイになるまで生きてかつあの番組がそのときまであればの話ですが。疲れているは酒飲みスギという話もありますね。そういう意味ではああヤバイなと「本当に怖い家庭の医学」を見て思うんですけどね。
投稿者 keitoc : 23:15 | コメント (2) | トラックバック
2004年04月18日
いや、やっぱりそれはおかしいって!
あの一連のイラク人質事件が昨日解決していた。この1週間あまり、思ったことがあったのでかきつづる。「思ったこと」とはやはり周辺の動きに関することだ。(今日は頭の回転が鈍いので文章にキレがなくて恐縮ですが…)
1つ目は動きの「ムラ」だ。例の3人が開放された直後、僕の周辺は今までやっていた集会やデモの類の動きが止まった。まだ2人拘束されていたのにだ。それでいいのかな?だってやっぱりNGO関係者が1人いたし、何も変わらないと思うんだけど。何かあったのかな?
2つ目は「命」への考え方だ。集会などのアクションを起こしていた人の何割が臨床や戦場や災害現場にいて、死んだ人の周辺にいた経験をもっていたのかはわからないけれど、命の問題をとりだたしてあの問題を議論していたのはすこし滑稽にみえた。だってあの3人が拘束されてから今日まで、火事や、交通事故や、諏訪の御柱祭や、なんやらで何人お亡くなりになったとおもっているんだ。何処にいたって命の重さは同じじゃなかったのかい?
いつも思うことがある。途上国などの支援に行っているヒトのいうことを聞いていると、先進国で生きてちゃいけないような気分になることがある。正確に言うと先進国のヒトの命の重さをなんか便宜上軽くしてから話をしているように思う。そうしないと取り扱えないテーマなのは確かだ。でも特別にする必要は何処にもないと思うんだ。
「イラクにNGOとかで救援に行っちゃいけないのか?」
「以降災害救援にヒト(ボランティア)はいっちゃけいないのか?」
___あたりまえだ。震災や災害救援に行ってボランティアを手伝ったことで人生を踏み外した人間がたくさんいるでしょう?まして死んじゃったら話にならない。救援に行くということがハイリスクな個人プレーにならないように、僕らのセクタがあるんじゃないんですか?救援活動を組織化してリスク管理して、それを生業にするヒトを雇用して救援という一種の産業(事業)を作っていくのが僕らのシゴトではないのですか?たとえば、コンビニエンスストアは個人商店じゃなくて配送や情報のネットワークで裏打ちされているから重要視されているんです。全国津々浦々まであらゆるサービスが提供できるんです。一人でやれることには限界がある。だからみんなで協力してやろう。っていうのが、市民活動とかの基本ではなかったのですか?
それを3人や5人が某所に飛び込んでいったのをとりだたして、それが偉いだとか偉くないだとか、命だとか…やっぱりそれはおかしいって。
投稿者 keitoc : 21:42 | コメント (0) | トラックバック
2004年04月11日
市民のチャンネル?
この記事のタイトルは例のデジタル放送時代を踏まえた「市民チャンネル」の事ではない。イラクで拘束された3人が解放されそうだというニュースを見て思ったことだ。
インターネット時代が到来して市民の情報発信力が上がることで、最近はなんとなく市民が政治を動かしている。藤前干潟なんかがいい例だ。
ムジャヒディンが拘束した日本人はイラク人を支援していると気付いたのを声明文で見てついに外交まできちんと動かせそうな感触を持った。本当の所はよく解らないが、なんとなく市民の情報チャンネルが生きたような気がした。無法地帯だからこそダイレクトに情報が入ったんだろうけど。
ユネスコ憲章前文戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。
相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信をおこした共通の原因であり、この疑惑と不信のために、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。
ここに終りを告げた恐るべき大戦争は、人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代りに、無知と偏見を通じて人間と人種の不平等という教義をひろめることによって可能にされた戦争であった。
ユネスコ憲章の言うとおり、誤解を解けば争いも多少減るんだろうか。だとするとその辺で喧嘩している中学生とか夫婦とか某協会とかのしていることが実に馬鹿馬鹿しく見えてくる。まあ世の中はそんなに単純じゃないんだろうけど。そういうオカサカもお腹が空いて今日はイライラしているし。
投稿者 keitoc : 17:13 | コメント (0) | トラックバック
2004年04月09日
イラク日本人拘束で騒ぐ日本人。
昨日からオカサカのケータイ電話が鳴り止まない。パソコンに来るべきメールをケータイに転送しているからだ。そういうわけで日頃結構鳴っているが、今日はいつになくうるさい。原因を作っているメールの内訳はシゴト:30%、サーバのエラーメッセージ:30%、ウイルスメール:10%で残りの20%余りが例のイラク日本人拘束の関連メールだ。内容は要約するとこうだ「人命をまもるために日本政府はイラクから自衛隊を撤退させてほしい。時間がない、そうなるようにアクションを起こそう」。それに続いて高遠さん、郡山さん、今井さんのメールやHPなどのメッセージの引用が続く。とくに18歳の今井さんへの注目は大きい。
さて本題だ。この一連のメール、正直に言うとコレをいいネタにして撤退の抗議をしているケースが多い。その抗議は正しいし、議論はきちんとするべきだ。ただ、それと今回の事件は「分離」するべきだ。あの騒動はタダの誘拐事件だ。日本の警察が動くあの誘拐事件と何もかわらない。誘拐された場所がたまたまイラクのご町内で、誘拐したのがたまたまイラク人で、誘拐されたのがたまたま日本人で、そのなかにたまたま18歳の少年(?)がいたのだ。誘拐しているのを単純に解放させる/救出する/交渉するしか方法がないのだ。それと自衛隊を撤退させるのは別の問題として解決するべきだし、そういうものに便乗して派遣反対抗議をしていると、自作自演だとも言われかねない。それはまずい。一連のセンスのない柄の悪いアプローチもどうかと思う。僕らのセクタの人間はもっと具体的に言うべきことがあるし、これからも何十年何百年と日本の政治を間接的に確実に動かしていく義務がある。
引用じゃないけどblockquote
アメリカを柱とする軍隊が地元の住民さんに発砲しているのが犯罪だとあなた方が言うのなら、誘拐事件をイラクのご町内でおこしている犯罪者の「言うことをきこう」なんてアプローチはしないはずだ。
あなた方はイラクのご町内の住民の味方なんだから。
オカサカ個人は自衛隊派遣については「NGOと抱き合わせにすれば」という条件付で実は賛成だ。だから今の自衛隊だけの派遣についてはギモンな状態ではある。あれじゃだめだ。このエントリーを書いていて自衛隊上がりのうちの親父がある日戦争についてこうコメントしたことを思い出した。「戦争をしてはいけないのは、人の命が失われるからじゃないんだ。弾が飛んできて打たれたら俺は痛いし、地雷を踏んで足が飛んだらもっと痛いし生活に困る。死んだら周りの気力がなくなって何十人という人に迷惑をかけるだろ。だからだめなんだ。あれは。」
---19:03分追記
そうだ言うべきは行動すべきはこういうことなんだよね。
asahi.com--「3人は敵でないと伝えよう」市民ら次々と行動
イラク戦争中に「人間の盾」活動に参加した木村公一牧師らは「自衛隊が市民の活動を危機に陥れている。政府が犯人側と交渉しないなら、民間でやる」と提案している。
投稿者 keitoc : 16:00 | コメント (1) | トラックバック
2004年03月28日
市民団体としての学生組織
最近、例の刈谷市民ボランティア活動支援センターに詰めていて、利用団体の中に学生組織があることに気付いた。中学校の生徒会に始まって大学のサークルまで形態は様々だ。「気付くこと」というのはそういう組織も大人と同じレベルで扱うことのメリットだ。結論から言うと「生態の違いによる施設(地域)の活性」だ。つまり大人と活動パターンが余りにも違うので大人では対応できない部分を補完できる可能性大なのだ。実はそれは彼らが大人になってしまってはできない部分でもある。今「学校の地域化」がとりだたされていて市民講師が学校内に入っているが、実はやるべきは学校にあるクラブや部活、生徒会の機能や活動の場を外に出すことではないかと思う。そう考えた時、大学の頃活動を外化できずにいたことに対して「地域福祉の敵は(僕らを外に出そうとしない)教育だと思います。」とハツゲンしたのを思い出した。
投稿者 keitoc : 21:38 | コメント (1) | トラックバック
2004年03月14日
刈谷市民ボランティア活動支援センター
第2の勤務先、刈谷市民ボランティア活動支援センター。ボランティア情報DBサイトと実際のハコモノを組み合わせた新方式の市民活動センター。写真は窓口に座っていたオカサカのアングルから撮ったスタッフの1人「刈谷のボランティアの影の支配者?ヨネヤマ」さん。カメラの解像度が大きいのは近頃安否確認システム試験用に借りているN505isからモブロギング。
投稿者 keitoc : 18:11 | コメント (0) | トラックバック
2004年03月05日
あんぐる新事務所
安城の市民団体で最近みかわNPOスクエアを卒業したNPO法人「あんぐる」の新事務所ができつつある。商店街の居酒屋の跡を改修した。今日はギターのライブ風な雰囲気。今後に期待。

