- 2009年2月 6日 20:21
- active in disaster:防災と災害
「不純な動機」。災害ボランティアにきて一番長期戦に耐える活動ができる人は意外とそんなような理由できていたことが多い印象がある。勿論悪意があってきている人はいないが。逆に「人を救いたい」とかいう人は殆どが力が入りすぎて地元で迷惑をかけたり、長いこと持たなかったりする。「暇だから」「彼女にフられた」とか言って入ってくるやつの方が力が抜けていて良いパフォーマンスをする。その姿勢からしばらくするとだんだんその地元に合ったスタンスになり、結局長いこと活動をしていくことになる。
社会活動はいわば地雷原から貴重な鉱石をゆっくり掘り当てるのに似ている。探知機を持って見えないところに向き合い、地雷を踏まずに必要な資源だけを探し出し、その場で化学反応を起こしてその土地に利益をもたらす。目的は地雷撤去ではなく必要なものを導き出して組み合わせることだ。ちなみに実際の場では地雷も人、鉱石も人、探知機すらも人だ。
「鉱石」を「智恵」というひとも在る。智恵は長々とつなげ、ある日何かと対決するための道具にならなくてはいけない。
何でもそうだが災害ボランティアや防災活動の間で智恵をあつめる「器」が不足している。わりとばらばらになっていて電気のようにすぐ抵抗の少ない方に流れていくので一所に溜めておくことができない。というかそれを役に立つように制御する人が足りない。
自分がその役割を担っている気もする。ああ、たぶんそうなんだろう。
ちなみに先日健診でエコーをあてたら妙なものが見えたので聞いてみたら胆石だった。こちらは役に立たない石の話だが...。
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