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情報をデリバーするということ。

田麦山に入って10日目。毎日何かしらの形で被災者の声を聞いて来た。雪も当たり前の風景として認識し、テンポラリだがここの生活に馴染んでいる。数日前、此処の住人から「いつもボランティアさんが配ってくれる新聞よぉ、俺あれがあるからみんな仮設からでねぇんじゃねぇかと思うんだ。そろそろ情報を取りに行かせてもいい頃じゃあねぇかな?」と言われた。「新聞」とは先にも書いた例のローカル新聞の事だ。それをボランティアが毎日配達して廻り、住民さんから話を聞いたり顔を見たりするきっかけになっている。「もう仮設にボランティアが毎日行って住民さんにプレッシャーをかけてもね…」と別の地域のコーディネータが言っていたのを思い出した。

もし、情報をプッシュ式にデリバーすることで被災者の何かを疎外しているとしたら、僕等はただちにそれをやめるべきだ。僕等は新聞社でも情報の配信会社でもない。こんなに住民さんの近くにいるのだからもっとリアルな支援ができる筈だ。そう思った時、ふと「リハビリテーション」のことを思い出して病院勤めをしていた同居人に「例えば足の骨を折ったとして、リハビリするタイミングっていつの事を言うんだい?」と聞いたら、彼女はこう答えた。「ギブスがはずれて、松葉杖を返した時よ。」「そうか、僕等はギブスで松葉杖か。」ボランティアというテンポラリな支援の意味をちょっと理解した気がした。

Comments:2

千種康弘 2005年3月 5日 01:22

 お疲れ様です。。。
たむぎやま新聞の大きな役割を一つやり終えたということですね。。。
 住民の方々が自分自身で復興に取り組もうという、「芽」がたくさん育ち始めているのだと思います。

 リハビリテーションの時、ある意味、医師はアドバイスするに過ぎないと考えます。医学的にいくら回復することが明らかであっても、最終的には、本人の意思が一番重要と考えるからです。
  自分の叔母は神戸で被災しました。精神的には未だダメージがあり、人付き合いが上手くいかないこともあるようです。
  一方、父は被災者ではありませんが、自律神経失調でいわゆる作業記憶が減退しました。
  二人に対し周りが「リハビリ」という言葉を使うことは決して行いません。被災者の中に「ボランティア」という言葉を嫌う人がいるのと似ています。
  人間は如何なる状況であっても、誇り高いのです。
   二人は、状況は異なりますが、現在、一生懸命生きようとしている点では同じだと思います。周りの親族はこれを温かい目で見守っています。

   自分には取り立て技術もなく、田麦山に対し、して差し上げることは何もありませんでした。
   できること。それは、温かい目で見守るだけです。

                 千種康弘

My Homepage 2012年1月23日 00:06

Hi there! Nice post! Please do inform us when we could see a follow up! 397721

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