- 2003年8月14日 22:21
- active in disaster:防災と災害
そういえば、今でこそ当たり前になっているが、
災害情報にMLを適用したのはたしかオカサカだったんじゃないか?と思った。
「だから何だ?」−まったくその通りである。
時代の流れで必然的に誰もが思いつくタイミングで思いついた「だけ」である。
あれは1998年、
大学生だったときに彼女に振られてちょっとした
現実逃避をしたがっていた矢先に、その災害が起こった。
那須白河水害。台風の通過による前線の発達で起こった大雨だった。
栃木県那須町・黒磯町、福島県白河町のこのときの被害は、
民家・橋の流出、農業・酪農への被害など甚大であった。
スタッフボランティアの募集。なぜか飛びつくように手をあげた。
当時、大学のバイトで、大学の研究員というよくわからない肩書きで
福祉情報システムのプロジェクトに関わっていた。
名古屋の伏見にあるF社に夏休みの間出入りした。
当時、大学の職員さんに入り混じって
自分なりにデータ−ベースやウェブの研究をしていた。
そのときに、情報システムは間接的に人を「救う」ことを直感した。
福祉の領域に大きく2つの系統がある。
直接援助と間接援助である。
前者はケースワークのように直接対象者を援助する技法
後者は周辺環境整備、特に法律面やボランティアなどの地域活動環境のケアが
大きな役割になる。
間接技法の一環としてITは大きな役割を果たし、
それはぜひボランティア領域に必要なことだと確信したのは
ちょうどこのころだった。
大手CVSにL社がある。
ちょうど大学でDBの研究をしている前にここの直営店でバイトをした。
カルチャーショックだった。
レジのデータがすべてバックルームのワークステーションに蓄積され、
商品管理・発注・緊急情報配信・勤怠管理など
すべてがコンパクトに処理されている。
結果、お客が快適に買い物をし、
店員が的確にオペレイションをこなしていく。
福祉がマネジメントを要求される「サービス業」であるならば
今の現状は手ぬるい。__そう思った。
その後、介護保険に代表される高齢者福祉分野は
ビジネスとして事業化され、現在ではこの部分にITは欠かせないものとなった。
さて、災害情報である。
当時(1998年)、足りないアタマで考えた勝手な構想があった。
「VoIS」というボランティア情報システムである。
通常時のボランティア情報を蓄積する中で、災害時モジュールも含み、
それぞれのモジュールがやや有機的に連動しているようなイメージだった。
その後、自分ひとりでがんばっても仕方がないという考えから、
そのコンセプトを人に伝えて、それぞれが完結していけばいい_という
考えにいたった。悪く言えばそれ以降「人まかせ」にした、というべきか。
1つは、
名古屋で活動している「ボラみみ」という
ボランティア情報誌のNPOがあるがココに少なからず影響したと思う。
2つめは、
今の職場のNPO愛知ネット。
NPO愛知ネット発で提案した情報誌システムや
コンセプトの影響は非常に多い。
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