2008年08月19日
カツドウ10周年。
「じゃあ僕行きます。」今から10年前、なにも考えずにその災害の救援活動に志願した。名古屋同朋大学の一室で行われた某救援ネットワークのミーティングだった。当時オカサカは大学の2年生。動機はわりと不純で「ちょっとした現実逃避」がしたかったからだ。
この日はそれなりに暑かった。当時自室のあった愛知県美浜町から電車や地下鉄やら乗ってなんで急にミーティングなんだ?と少々面倒に思いながら会議場所に向かった。当時夏休みだったその大学の構内はガラーンとしていて静かだった。部屋に入るといつもの「ネットワーク」な面々が顔を連ねている。当時のオカサカにとってはやや面倒な人たちの集まりだった。
神戸の震災や日本海の重油流出事故などの救援を、遠くであまり積極的とはいえないスタンスでしていた自分にとって、その水害のニュースもその救援のミーティングもあまり重要なことと思ってはいなかった。それよりも自分の大学に関連する周辺福祉施設にボランティアを派遣するしくみ作りの方がよほど重要だったし、それよりもアルバイトで突然命じられたデータベースシステムのクエリの勉強の方が大事だった。
posted by keitoc at : 14:11 | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年08月15日
大量なドアラ。
posted by keitoc at : 08:09 | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年08月13日
「空気が読めない」って何だったっけ?
そう「空気が読めなくて」(あるいは読んでもらえなくて)困ったことがある。あることを話しているときに状況や経緯がわからなくてその時の話題についていけないといった感覚だ。勉強で言うと予習してなくて授業が頭に入らないアレだろうか。とりあえずそういう時は黙って周りの言っていることを観察してから自分にクロスするところだけ適当に発言したりする。
ところで空気はもともと読むものではない。気体のそれは吸うものだし、雰囲気は察するものだし、(空気の)振動であればそれは聴くものだ。まして目に見えて言語になっているものではない。「空気を読む」能力はなんとなく聴力に依存するものだと勝手に思っている。最近思うのは聞かれる範囲がやたら狭い人が多く感じること。話しかけても反応しないし、こちらが黙って背後にまわっても(後ろから刺されたらどうするの?と思うくらい)気付かれない。なんだろう、イヤホンで聴く例のあれが普及したせいだろうか。
一方で「空気読めない」は「ムカつく」に相当する新語のようなきがする。体(てい)のいい個人攻撃用語の一種だ。空気を読むことを要求する前に経緯や前提の説明に手を抜いているのに、それを踏まえずに何かやったりやらなかったりすると「空気読めない」になったりする。「空気」を説明しない人がわるいのか、空気を「読まない」人がわるいのか、どちらなんだろうか?
posted by keitoc at : 12:43 | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年06月23日
それでも「しくみ」は何をするべきか。
このところの一連のミッション(正確にはオカサカはあまり関わってない)が各地であって、その関連の情報がかなりのボリュームでメールなり何なりで集まってくる。最近は数年前のような人力での体力を使う意識的なまとめをしなくても、ウェブニュースで流れるものの純粋なまとめはメタ情報系のツールで簡単に投げ縄のように個人がまとめできる時代になった。情報発信の敷居もだいぶ下がったから、情報発信に関するツールもそれほど頑張らなくても多くの人が発信できるようになった。
さて、情報発信もまとめも簡単にできる状況になった現状において、あえて「しくみ」は何をするべきか。オカサカは2点あると思う。
1)戦略的な先行しての情報発信
2)予測を目的とした自動情報分析
1)は個人の技能をただのレポート的な情報発信やサマライズにとどめず、その情報を先行発信したら被災地に有用な動きをもたらすことを目的とした戦略的な動きのスキル。2)は二次災害、復旧予測などをセマンティックウェブ的に処理するしくみの先行。被災地のガイディングライトである。さらに1)は災害後の復興キャンペーンやその直後に起こる様々なイベントによってそのキャンペーンの阻害にならないような地道なものだ。一種パブリシティ戦略のようにも見えるがちょっと違う。
posted by keitoc at : 00:12 | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年06月17日
「犬」はハンドラがいてこそ被災地で役に立つ。
(救助犬の話ではないです)
繰り返す。「戦闘員」はバックオフィス側にハンドラがいてこそ被災地で役に立つ。以上。
posted by keitoc at : 08:25 | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年06月15日
ミャンマーか四川か岩手宮城か、あるいは秋葉原事件を受けたまちの防犯か
大変不謹慎な話だが支援活動の戦略上重要なので言っておくと、「今は何災害の支援キャンペーン」なのか定義が難しい。これは複数災害が国内外でかさなったせいもあるがそれ以外の事件事故などによりマスコミ報道が分散することを懸念している。具体的に言えば秋葉原の殺傷事件や北京オリンピック、四川の救援の観点で言えば今回の岩手・宮城内陸地震か。かつての例で言うと阪神大震災の後の地下鉄サリン事件→オウム関連事件の流れがそれに相当する。どの事象の支援当事者になるかによって当然視点が異なるが、全体的に見ると募金や救援者、パブリシティなどあらゆるリソースが分散し集中することができなくなる。(こんなことを言うのは酷だが)さあ、あなた(あなたの団体)はいったいどの災害の当事者としてたちまわるのか。
posted by keitoc at : 13:45 | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年06月12日
「緊急発行!レスキューナウ特派員現地報告」
#ややというかかなり宣伝です。あの有珠山ネットを主催され、その後レスキューナウの特派員としていくつかの災害取材をされた「冨田きよむ」さんが今回の四川でも取材活動をされ、このほどレスキューナウから報告(写真集)として発行しました。
「緊急発行!レスキューナウ特派員現地報告中国四川大地震」特設ページ
posted by keitoc at : 15:27 | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年06月03日
生命とIT
あいかわらずコンソールの傍らで連日四川やミャンマーの救援情報を見たり聞いたりしている。災害情報とは言うが結局のところ如何に命を護れるかである。以前から「天の声」とはどんなものかイメージしていたがそろそろそれが技術的に可能な時代になったような気がする。命を護るあるいは悲しみを鎮めることが直接的にも可能だとして、その具体的な仕組みを考える前にそもそも命(あるいは血の通った)とは何だったかを考えなくてはいけないような気がする。しかもやや工学的に。家族とのコミュニケーションをあるいはモーニング作業をどう支援できるか。生きていくためのリソースをどう導き出すか、そういった情報を入れる器に何が最適なのか。
posted by keitoc at : 08:44 | コメント (1) | トラックバック (0)
2008年05月31日
腕のあの場所が腫れる
左腕の肘から内側5センチ下のあたりに一昨日から違和感。気になって触っていたが軽い痛み以外には何もナシ…と思ったらその日の夜に触ったら内部に直径2センチ位のしこり発見。「なんじゃこりゃ、気持ち悪っ。」というのが率直な感想。その後1日放置。少し大きくなる。表面でもないしリンパ節でもないしそもそも腕この場所の名前がわからないのでネット検索もできず謎過ぎて気持ちが悪いので今日近所の整形外科へ。行く前に「あなたはガンです」とか「左腕切断」とか微妙かつ勝手に覚悟したが(笑)レントゲンを医師と一緒に見るも(岡)「何もないですねー」(医)「ホントに何も見えませんなー」と。急に腫れてきたのも踏まえ炎症性のものでしょうということに。やれやれ。
posted by keitoc at : 12:23 | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年05月19日
遺体の扱いとモーニング、そしてITは何ができるか。
最近海外の災害が多い。ミャンマーや中国など、この数週間の間に何人の人が死んだかと思うと、何もできなくなるような気分の重さになってしまいそうになる。そうは言っても仮にも災害情報が仕事にすらなっている自分の状況からして、それを避けて通るわけにもいかない。
今朝我が家に配達された新聞(サンケイエクスプレス)には中国大地震の現場で国際緊急援助隊が発見した母子の遺体に全員整列して黙祷をしているシーンがあった。記事は日本の国際緊急援助隊が礼儀正しく整然と救出活動を行うのを見たり知ったりした中国世論(特にネットの)が反日の態度を変えつつあり「日本の人格や防災や地震対応の活動を学ぶべきだ」との意見があると伝える記事だった。(もちろんそればかりではないのだろうからこの記事はこの記事で話半分にして理解しなくては行けないとも思ったが)
この記事をみてふと思ったの名古屋空港で以前起こった中華航空機の墜落事故こと。あのとき中国人の犠牲者が多い中、遺体を丁寧に取り扱った日本側の警察や消防関係者に対して遺族が感謝したというエピソードがある。国によって遺体の扱い方は違うようだが、
続きを読む "遺体の扱いとモーニング、そしてITは何ができるか。"
posted by keitoc at : 00:02 | コメント (2) | トラックバック (0)
2008年05月14日
沈黙
この状況で沈黙をまもっているのは、ご承知のとおり影に日向になんやらかんやら忙しいからです。もうオカサカは「戦闘員」ではなさそうですが…。
posted by keitoc at : 09:15 | コメント (0) | トラックバック (0)




